限界ギリギリのサラリーマンのセミリタイアを目指す海外経済・投資・雑記です。

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二子玉川、武蔵小杉のワタマン・・堤防反対運動の住民の過去と現在、住民分断 デイリー新潮

二子玉川タワーマンションの被害

多摩川堤防」めぐり嫌がらせ電話が止まず… 台風19号がもたらした住民分断」と言った記事が新潮から出ています。

台風19号による被害は武蔵小杉と二子玉川のマンション群にもかなりの被害を及ぼしました。それによる反応と報道は数多く、「特定のマンションだけ」「特定の場所だけ」などと言った意見もあれば、「なぜ川沿いに住むのか」といったかなり厳しい意見も見受けられます。報道では「二子玉川の環境と安全を考える会」(二子玉川会)に非難の声が毎日寄せされて元代表者が「すでに解散した会であり、疲弊してる」とのコメントをマスコミに出すなどかなり混乱している様子がうかがえます。二子玉川地域の水害はかなりひどく、住民内でも分裂があるとの事です。

二子玉川の住み安さ

元々、江戸時代は宿場町で二子村と玉川村の二つがあり、川魚料理などを出すところで、小さいながらも宿町があった場所です。世田谷区は元々、23区の中でも裕福な自治体であり、福祉制度も国の手当に上乗せ制度があるなど恵まれた自治体です。駅周辺を歩くと分かりますが、障碍者向けのスロープもあり、整った街です。2km離れると、古い町でもありますが。渋谷まで最短14分の利便ですからそれなりの価値はある立地だと思います。

暴れ川”多摩川

国土交通省では「暴れ川多摩川紀行」として田中丘墨(武蔵国多摩郡平沢村の江戸時代の農政家)をゆるキャラにして「とにかくコレデモかっていうくらい暴れまくったんだよ多摩川は」と明記して、江戸時代から、明治、大正、昭和から平成12年の浸水水害まで、多摩川の大氾濫をつづっており、国土交通省、世田谷区もそれぞれリンクを貼り、多摩川の治水の重大さを訴えています。平成12年ですからかなり最近だとも言えます。川を渡れば川崎市ですが、かなり堤防を高くしています。

治水、防災に対する反対運動

平成12年の水害で治水計画が改めて設計されますが、ここで反対運動が起きます。世田谷区、国土交通省と住民によるワーキンググループが何度も開催されましたが、難航したことが知られています。新潮の記事では「二子玉川の環境と安全を考える会」に対して、様々な意見がよせられているとの事です。当時は、堤防を作ればかえって水たまりになる可能性があり、水害が増す、との意見だったようです。平成30年度3月の住民と世田谷区のワーキンググループでも「雑木林が堤防の役割を果たす(治水で木を切るな)」という意見がいくつか寄せされ公表されてます。住民の自筆メモがHPで見られます。

やはり、治水は必要だったかも

江戸時代から平成12年まで治水計画が作られ、平成30年になっても改めて治水について公聴会が開かれている以上、「川沿いの森林を守れば治水になる」という意見は残念ながら今回の台風には当てはまりませんでした。

 

私は国や自治体がいつも正しい!などいうつもりは全くありません!公共事業には様々な問題も起きてきました。時として、住民目線で様々な議論は絶対に必要です。ただ、今回の武蔵小杉、二子玉川の議論は、もう少し、柔軟性があれば良かったのにな、と思います。